10代で頭角を表わす演奏家には、大きく2つのタイプがある。1つはいかにも達者な天才"少年少女"タイプで、もう1つは外面を気にせず"大人"の音楽を追求するタイプ。身近な例をみれば、ヴァイオリンの庄司紗矢香やピアノの小菅優など、後者の活躍がその後際立っているように思える。 ダニール・ハリトーノフもまさしく後者だ。1998年生まれの彼は、5歳でピアノを始め、僅か7歳でモスクワ・フィルと共演。2013年カーネギーホールにデビュー後は、ドイツやフランスをはじめとする20ヶ国の著名ホールで公演している。そして2015年のチャイコフスキー国際コンクールでは、当時弱冠16歳ながら第3位を獲得した。この経歴は、明らかに"天才少年"たることを示している。しかし2015年11月に東京オペラシティで行われた日本初リサイタルに接して驚いた。それは彼がセンスあふれる"大人"の音楽を聴かせたからだ。
チャイコフスキー・コンクールで年長者に伍して3位を得るほどだから、テクニックはむろん申し分ない。それ以上に感心したのは、全音域ムラのない音、滑らかなフレージング、抑制の効いた表現、そして確かな構成力である。例えばベートーヴェンの「熱情」ソナタ。彼は、出だしから引き締まった音で耳を惹きつける。序奏から主部に至る表情の移ろいはきわめて繊細。ベテランでさえ荒くなりがちな主部も、コントロールされた音で明確に紡いでいく。全曲を通して弱音は瑞々しく、強音は濃厚だが割れることはない。しかも音楽に即して自然な感情がこもり、勢いや迫力も十分。第3楽章のクライマックスから終結にかけての高揚感が、熱い感動をもたらす。また、リストの「愛の夢」の甘美さも気品をもって表出。「ラ・カンパネラ」も細部まで緻密に描き、聴きなれた楽曲に新鮮な感触を付与する。変化に富んだ「ハンガリー狂詩曲」の構築も見事。これらリストの作品では強靭なダイナミズムの持ち主であることも明示する。この日の演奏を聴いて、彼が、確かな技巧を音楽表現に直結させるピアニストであり、聴衆の心に強く訴えかける音楽家であることを実感した。
さて、来る2月ハリトーノフは、パヴェル・コーガン指揮/モスクワ国立交響楽団の日本ツアーでソリストを務め、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を披露する。パヴェルは、ロシア・ヴァイオリン界の歴史的大家レオニード・コーガンの子息で、18歳のときシベリウス国際ヴァイオリン・コンクールで優勝しながらも指揮者に転身。37歳でモスクワ国立響の音楽監督に就任し、25年余の佳きコンビネーションを築いている。モスクワ国立響は、1943年に創設され、幾多の名指揮者のもとで成長。パヴェル・コーガンとのコンビで世界的評価を獲得し、国外ツアーを含めて年間100以上の公演を行っている。過去に客演したソリストは、オイストラフ、ギレリス、コーガン、リヒテル、ロストロポーヴィチなど大巨匠がズラリ。ハリトーノフもここに連なることになる。もちろん今回、地元の名コンビのサポートが、心強い味方となるのは言うまでもない。
チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は、同ジャンル史上屈指の人気作。ロシアの民族情趣と西欧的なロマンを併せ持つダイナミックな名曲だ。ハリトーノフにとって最も近しい作品であり、チャイコフスキー・コンクールの本選で弾いているから、仕上がりも完璧であるのは間違いない。それに実は、リサイタルで「熱情」ソナタを聴きながら思ったのが、「彼が弾くチャイコフスキーの協奏曲は、さぞや素晴らしいであろう」だった。「熱情」の振幅の大きな曲調に即したハリトーノフのピアノの質感や表現が、この曲を想起させたのだ。それゆえ今回の日本初披露への期待は限りなく高い。
チャイコフスキー・コンクールゆかりの協奏曲を弾く本公演。
今回、絶好のタイミングで実現する、話題の俊才との出会いを、逃してはならない。
柴田克彦(音楽評論家)
モスクワ国立交響楽団
ダニール・ハリトーノフ出演日<プログラムA.C>
2/6(土) | 14:00 開演 |
東京オペラシティ コンサートホール(東京都) |
2/8(月) | 19:00 開演 |
オリンパスホール八王子(東京都) |
2/9(火) | 18:3 0開演 |
アクトシティ浜松 中ホール(静岡県) |
2/11 (木・祝) |
14:00 開演 |
ザ・シンフォニーホール(大阪府) |
2/12(金) | 18:45 開演 |
愛知芸術文化センター コンサートホール(愛知県) |
2/16(火) | 19:00 開演 |
福岡シンフォニーホール アクロス福岡(福岡県) |
2/17(水) | 19:00 開演 |
佐賀市文化会館(佐賀県) |
2/19(金) | 19:00 開演 |
まつもと市民芸術館(長野県) |
2/21(日) | 14:00 開演 |
横浜みなとみらいホール(神奈川県) |