芸術を愛し芸術家を育む美しい国、ウクライナ。ザハーロワ、サラファーノフ、マトヴィエンコ、サレンコ、ポルーニンなどバレエ界のスターたちが、この地で生まれ育ち、世界へ羽ばたいています。光藍社では、首都キエフにあるウクライナ国立歌劇場バレエ(キエフ・バレエ)を毎年招聘していますが、そこでもまた未来を担う若手からフィリピエワのようなベテランまで素晴らしいダンサーたちが所属しています。
そんな才能溢れるダンサーを輩出し続けるウクライナに注目し、キエフ・バレエや世界の名だたる劇場で活躍しているウクライナ出身のダンサー達をご紹介する連載企画をお届けいたします。
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第一弾は、バレエ界の至宝、ボリショイ・バレエのスヴェトラーナ・ザハーロワ。今回は彼女と数十年の交友関係がある寺田宜弘氏(現キエフ国立バレエ学校芸術監督)と、かつてのクラスメイトから話を伺いました。ウクライナで過ごした幼少期のこと、近年のキエフ国立バレエ学校との関わりについてご紹介します。
スヴェトラーナ・ザハーロワと故郷ウクライナ
① スヴェトラーナ・ザハーロワとは?
1979年ウクライナのルーツクで生まれました。1989年にキエフ国立バレエ学校へ入学し、1995年にワガノワ・バレエ・アカデミーへ転校しました。卒業後17歳でマリインスキー・バレエに入団し、翌年にはプリンシパルに昇格するなど、若くしてバレエ界で注目されてきたダンサーの一人です。2003年にボリショイ・バレエへ移籍し、現在も劇場の顔として活躍しています。また、チャリティ財団を設立し、若手芸術家や子供達を支援するイベントを開催するなど、幅広い活動をしています。
② キエフ国立バレエ学校での生活
「スヴェトラーナをバレエダンサーにしたい」という母親の強い願いで、ザハーロワは10歳の時にキエフ国立バレエ学校のオーディションを受けましたが、彼女が生まれ育った場所ルーツクは、キエフから車で6時間ほど離れた場所にあったため、オーディション合格後は単身で学校の寮へ入りました。
当時のザハーロワのクラスメイトであり、ルームメイトでもあった、現在キエフ・バレエのダンサーであるイーナ・チョルナは、
「低学年の時の彼女は、長期休暇をとても楽しみにしていました。待ち遠しくしていたというのが適切かもしれません。それは家族と過ごす大切な時間だったようで、私から見ても、彼女は離れて暮らす家族への愛がとても深いと思いました。」
「彼女はバレエに対する姿勢も素晴らしいのですが、誰に対しても優しく、純粋で素直な心を持っている子でした。」
と当時の少女ザハーロワの様子を話してくれました。
③ 恩師ワレリア・スレーギナ先生との出会い
バレエ学校でザハーロワは、名教師ワレリア・スレーギナに師事しました。ウクライナ国立歌劇場(キエフ・バレエ)の元プリンシパルだったスレーギナは、引退後ワガノワ・バレエ・アカデミーで経験を積んだ教師で、当時キエフ国立バレエ学校では、鬼教師として有名でした。
バレエ学校時代の様子を、同時期に在学中であった寺田宜弘は、こう語っています。
「スレーギナ先生はとても厳しい先生で、先生のクラスには特別な生徒しかいませんでした。中でもザハーロワは一番目立っていて学校中で有名でしたので、みんな彼女のレッスンを見に行っていました。彼女は世界一美しい脚の持ち主ですから、廊下ですれ違うと、“つま先を見せてください!” と下級生から声をかけられていました。」
「僕自身もザハーロワのレッスンを見たことがあります。当時、彼女はまだ10歳の少女でしたが、とても美しく、必ず将来のバレエ界を背負う人材になるだろうと、初めて見た時から思いました。」
ザハーロワの踊りに一瞬で目を奪われた寺田は、レオニード・サラファーノフらを育てた名教師デニセンコの作品に一緒に出演したことを、今でも思い出すと言っています。
「メンデルスゾーンの“ロンド・カプリッチョーソ”という曲を使った作品で、一緒の舞台に立ちました。彼女は身長が高かったので、一緒に組んだりすることはなかったのですが、同じ作品、同じ舞台に立ったことはとても良い思い出です。」
ザハーロワが15歳の時、スレーギナは、若手ダンサーの登竜門として名高いロシアのワガノワ国際バレエコンクールに彼女を出場させました。ザハーロワのパフォーマンスは審査員らの目に留まり、参加者の中で最年少ながら第2位に入賞。ワガノワ・バレエ・アカデミーの卒業クラスへ飛び級で編入することになりました。長い歴史と伝統を持つアカデミーで、異例ともいえるこの出来事は、当時のバレエ界を驚かせました。
ボリショイ劇場のインタビューでザハーロワは、恩師スレーギナについてこう語っています。
「ワガノワに編入した時も、卒業クラスについていくのは大変でしたが、他の子よりもできていたのはスレーギナ先生に指導を受けていたからだと思います。」
「私は今でもスレーギナ先生から受けたアドバイスを覚えています。例えば背中や腕の使い方について……。先生は適切で正確なバレエの基礎はもちろん、バレリーナとしてのあるべき姿も教えてくれました。今の私の土台を作ってくれた、スレーギナ先生に感謝しています。」
その後ザハーロワは、1996年にワガノワ・バレエ・アカデミーを卒業し、17歳でマリインスキー・バレエに入団。プロのバレリーナとしてのキャリアをスタートさせました。
④ 故郷との関わり
故郷ウクライナを再び訪れたのは2013年。キエフ・バレエの舞台に立った時でした。この時、同じくウクライナ出身のセルゲイ・ポルーニンと、『ジゼル』に客演しました。ポルーニンはかつてキエフ国立バレエ学校に在籍しており、十数年ぶりの故郷のステージに立つということで、自身のドキュメンタリー映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』に、その様子が収録されています。ウクライナの大スターが2人も出演するとのことで、チケットは完売。当時モスクワ音楽劇場の芸術監督をしていたイーゴリ・ゼレンスキーも客席に姿を見せました。舞台袖には2人のパフォーマンスを少しでも見たいと、たくさんのダンサー達がいたそうです。当時、同じ舞台に立ったキエフ・バレエのダンサーたちは、強い刺激を受け、彼らのモチベーションへとつながったことでしょう。
この時ザハーロワは、母校キエフ国立バレエ学校を訪れ、リノリウムが張られていない剥き出しの木の床、外気が入ってくる練習室など、施設の老朽化と過酷な練習環境を目の当たりにしました。それがきっかけとなり、ザハーロワはボリショイ劇場で、キエフ国立バレエ学校の生徒たちのためのチャリティ公演を開催することに決めました。この公演タイトルは『国境なきバレエ』。ロシアとウクライナは政治的な問題を抱えていた時期でもあり、一時は開催も危ぶまれましたが、このチャリティガラには、キエフ国立バレエ学校を卒業したアリーナ・コジョカル、レオニード・サラファーノフ、かつてキエフ・バレエに在籍していたヤーナ・サレンコといった、ザハーロワと肩を並べバレエ界を牽引するスターダンサー達が参加しました。チケットの収益は、キエフ国立バレエ学校の施設修繕費として寄付され、床を張り替え、リノリウムを敷き、二重窓にするための外窓が新たに設置されました。キエフ国立バレエ学校の芸術監督を務める寺田は、「この床と窓はザハーロワがくれたんだ。」と生徒達に言い伝えています。
キエフ・バレエへの出演、チャリティ公演の開催もザハーロワ自ら進んで提案し、実行してきました。ウクライナでバレエを習う生徒達、キエフ・バレエで踊っているダンサー達、そして彼女の公演を観たウクライナの人たちは、彼女がウクライナ出身であることを誇りに思っていることでしょう。
現在でもキエフ国立バレエ学校から優秀な生徒達が巣立ち、世界各国のバレエ団で踊っています。それは彼らが、スヴェトラーナ・ザハーロワがウクライナ出身だということを誇りに思い、目標として日々鍛錬していることもひとつの要因ではないでしょうか。
今後も、ザハーロワに続くスターがこの地から世界に羽ばたいていくことを、期待しています。
文:光藍社
※この文章は寺田宜弘氏からの話を基に執筆しています。ザハーロワ氏の経歴、インタビューなどは、下記を参考にしています。
参考:
・Bolshoi Theatre, “Зеленая гостиная: Светлана Захарова/Green Room: Svetlana Zakharova” YouTube:https://www.youtube.com/watch?v=wck1YZLZrFA&t=1370s
・Svetlana Zakharova, “Biography” Official website of Svetlana Zakharova:http://www.svetlana-zakharova.com/en/biography/
・Repertoire, “Ballet Without Frontiers Charity Gala Concert in Support of Kiev Choreographic School” Bolshoi Theatre:https://www.bolshoi.ru/en/performances/824/
・アンナ・ゴルディーワ(訳:宇都宮亜紀)「スヴェトラーナ・ザハーロワ物語」『ダンスマガジン』2016年10月号, 2016年10月1日発行, (p.20-25)
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