ウクライナ出身でマリインスキー・バレエ、ミハイロフスキー劇場バレエ、ウクライナ国立バレエでプリンシパルとして踊った、日本の観客にもおなじみのデニス・マトヴィエンコ。現役トップダンサーとして活躍しながら2011-13年にはウクライナ国立バレエの芸術監督を務め、2016年からはロシア国立ノヴォシビルスク・オペラ・バレエ劇場の芸術監督、2020年から22年まではワガノワ・バレエ・アカデミーの教師を務めるなど、幅広く活躍してきました。
今回、同じくウクライナ出身で、マリインスキー・バレエのファースト・ソリストとして数多く主演も務めていた愛妻アナスタシア・マトヴィエンコと共に、古巣であるウクライナ国立バレエの日本公演「Thanks Gala 2023」のスペシャルゲストとして出演します。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻後、幾多の困難を経て現在は東欧のスロベニアに拠点を置いているお二人に、ダンサーになるまでの道のり、ロシアを出国した際のこと、そして日本のファンへの思いを伺いました。
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Q. 今回のガラではエドワード・クルグさんの「Ssss…」を踊られますが、この作品について教えていただけますか。
デニス:ショパンが作曲したいくつかのノクターンに合わせ、エドワード・クルグがシュツットガルト・バレエ団に振り付けた作品です。ノヴォシビルスクでアナスタシアと踊った際、私のために特別にソロを振り付けてくれました。とても美しい作品で、今回はぜひピアノの生演奏で上演できたらと思っています。
Q. お二人ともキーウ国立バレエ学校のご出身で、現在ウクライナ国立バレエの芸術監督である寺田宜弘さんと同世代だと思いますが、寺田さんとは昔からの知り合いなのですか。
デニス:宜弘さんの方がいくつか年上なのですが、学校時代から本当に仲良くしてもらっていて、友情もこの30年ほどでどんどん大きくなっていって、今では一緒に仕事をするようになりました。バレエ学校の生徒だった14歳のとき、京都にある宜弘さんの出身バレエスクールとの共演のため、初めて日本を訪れました。宜弘さんは私と日本を結びつけてくれた存在です。バレエについても宜弘さんと私は同じ考え方、同じ方向を向いていると思っています。彼がバレエ団の芸術監督になった時は心から成功を祈り、経験も豊富なのできっとうまくいくだろうと思っています。今回日本で宜弘さんとまた会えることも楽しみです。
Q. 今回ウクライナ出身でハンブルク・バレエ団のアレクサンドル・リアブコさんもこのガラに出演されるということですが、リアブコさんとの関係について教えてください。
デニス:サーシャ(アレクサンドルの愛称)とはキーウ国立バレエ学校で一緒に学びました。彼は私の一つ上だったのですが、一生懸命練習していたのをよく覚えています。ノイマイヤーの元でずっと踊られていて、世界的なスターになりました。日本でも会いましたし、世界中のガラコンサートで彼と再会する機会がありました。以前、私が世界中からいろんなダンサーを呼んでサンクトペテルブルグでガラコンサートを開いたときにも参加してくれたのですが、サーシャが踊るノイマイヤーの作品は、忘れられないぐらい素晴らしかったです。
Q. お二人がバレエを始めた幼少期について教えてください。
デニス:私は10歳から始めて、その前はサッカーや水泳を少しやっていました。
アナスタシア:私は7歳から民族舞踊アンサンブルを趣味で踊っていて、本格的にバレエを習い始めたのは14歳の時で、ウクライナ国立バレエ学校の4年生に編入してからですね。ソ連時代は、今みたいに4~5歳からバレエを始めることはまれで、10歳からバレエ学校で習い始めるのが一般的でした。今では私立のバレエ学校もたくさんありますが、ソ連時代は国立のバレエ学校以外でバレエを勉強する場所が無かったのです。
Q. キーウ国立バレエ学校にはどのような思い出がありますか?
デニス:学校時代は生徒同士仲が良くて、いい先生にも恵まれたという温かい記憶しかありません。
アナスタシア:私はバレエを始めるのが遅く、4年生から編入したので、授業自体はとても大変でした。落ちこぼれの学生時代でしたが、当時の寮のルームメイトたちとは未だに仲良くしていて、仲間に恵まれたという意味ではとっても幸せでした。
Q. キーウ国立バレエ学校の教育は、その後のキャリアに役立っていますか?
デニス:私にとっても、バレエは簡単だったわけではなくて、涙があったり、悔しい思いをしたりしましたが、キーウ国立バレエ学校では良い教育が受けられたと思っています。特にワガノワ・バレエ・アカデミーで男の子たちを教えるようになってからは、自分はバレエ学校の教師から、いかに正しい基礎を教わったか、よくわかりました。ワガノワの生徒たちは、バレエの初歩である基礎が足りていませんでした。ウクライナのバレエ学校やバレエ団で教わった、全ての先生方に感謝しています。
アナスタシア:私が質の高い学びを受けたと感じたのは、学校時代の実習で、実際に舞台に立ってからでした。ウクライナ国立バレエに入ってからも、リハーサル教師の先生方から舞台で踊るバレリーナとしての経験や知識を教わりました。
Q. そして、サンクトペテルブルグに住んでいた2022年2月に、衝撃的なロシアのウクライナ侵攻がありました。大変だったと思いますが、その時のお気持ちをお聞かせください。
デニス:起きてはならないこと、正しくないことが起きたと感じました。すぐに、何の疑問もなくサンクトペテルブルグに残ることはできないという判断を2人でしました。もちろんそこでの生活、仕事や美しい街、すべてが気に入っていましたし、私達にとってのホームになっていましたが、すべてを置いてきたのです。
アナスタシア:侵攻が始まった翌日にはもう今までのように心から幸せに踊ることはできないと感じました。すぐにロシアを去るという決断をして、キーウにいたデニスの親戚や、私のおじ夫婦の避難を手伝いました。今はスロベニアに落ち着きましたが、本当に大変な日々でした。
Q. ロシアを出られて、今はBallet.Stageという活動を始められていますね。ウクライナのダンサーを助けるという趣旨ですが、具体的にはどんなことをしていますか。
デニス:主にウクライナのダンサーたちの就職を助けるためにBallet.Stageを始めました。最初はいろんなダンサーから「どこかの国の劇場で働けないだろうか」と個人的に連絡があり、私の人脈を駆使して1人ずつ手伝っていたのです。その数がどんどん増えたので、アナスタシアの姉妹の手助けによりInstagramでプラットフォームを作って、チェコやポーランド、ドイツなどの劇場とダンサーたちを私の人脈で繋げて、就職先を見つけています。今後もそのプラットフォームがうまく動いて、皆さんが活躍できることを本当に願っています。
Q. 今はスロベニアに拠点を置いているのですね。
デニス:スロベニアの首都のリュブリャナにいます。小さな町ですが、私達のことも温かく迎えてくださいました。
アナスタシア:私たちは今、スロベニアの国立劇場で踊っているのですが、私は6つ、デニスは8つも新しい作品を踊りました。デニスは1月にジョゼ・マルティネス振付の『ジゼル』も踊りましたが、今後2人でもジョゼの『海賊』を踊る予定があります。踊る機会を与えてくださった劇場と、私たちの舞台を観に来てくれるスロベニアのお客様に感謝しています。
デニス:サンクトペテルブルグを去ったときは、何も準備をしていなかったのですが、スロベニアに来て、いろんな劇場に招聘していただき、ロベルト・ボッレともガラで一緒に踊り、この1年で本当に素晴らしい経験をたくさんすることもできました。新しい作品を踊るということはアーティストにとって重要なことなので、思いがけず様々な機会に恵まれて嬉しいです。
Q. 新しい作品を踊ることがとても大事だということですが、ウクライナ国立バレエでも新しい作品がレパートリーに入りました。
デニス:私がウクライナ国立バレエの芸術監督だった2011年に、最初に取り組んだのが現代作品でした。それまで新しい作品を上演していなかったのです。今シーズン、ウクライナ国立バレエでは、世界の名門とよばれるバレエカンパニーがこぞって取り入れているジョン・ノイマイヤーや、ハンス・ファン・マーネンの作品をレパートリーに加えました。それは大変素晴らしいことですし、国の主要な劇場では必要不可欠な活動だと思います。
Q. 最後に日本のファンのみなさんへのメッセージをお願いします。
デニス:自分のアーティスト人生では日本と強い絆があると感じていて、日本に行くことができなかったこの7年間は、毎年来日していた私にとっては長い期間でした。日本の方たちが恋しいです。若い頃にはわからなかったけれど、公演が終わってから皆さんが出迎えてくださったり、サインを求めたり、プレゼントを贈ってくださったこと、それはお客様とより近くでコミュニケーションをとることのできる、かけがえのない大切な時間だったと思い出しています。今から日本に行くことをとても楽しみにしています。
アナスタシア:バレエは全世界で愛されている芸術ですが、日本の皆さんは特に熱意を持って、よく理解して受け入れてくださっています。そんな皆さんの前で踊るのはとても大きな責任があると感じています。マリインスキー・バレエの来日公演でも、新国立劇場へのゲスト出演でも、毎回試験を受けるような気持ちでいました。教養があり、温かく迎えてくれる日本の観客の皆さんの前で良い踊りができるように頑張りたいです。
また、今回は家族みんなで日本に行けるのも楽しみです。娘はもう既に日本に行ったことがあるのですが、息子は初めて行くので、私やデニスが大好きな日本を彼らも気に入ってくれると嬉しいです。
インタビュー:森菜穂美(もりなおみ) ダンスライター、批評家、翻訳
写真:デニス・マトヴィエンコ、光藍社
ヨーロッパの名門バレエ団で活躍中のダンサーが出演し、夢の競演を果たします!
■「親子で楽しむ夏休みバレエまつり ヨーロッパ名門バレエ団のソリストたち」
【公演期間】2024年8月3日~8月4日
【開催地】東京
■「バレエの妖精とプリンセス ヨーロッパ名門バレエ団のソリストたち」
【公演期間】2024年7月26日~8月12日
【開催地】神奈川、群馬、愛知、大阪、宮城、秋田 ほか
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■ ジョージア国立バレエ「くるみ割り人形」
【公演期間】2024年12月開催予定
※詳細は2024年7月発表予定