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モスクワのボリショイ・バレエの名花として、美しい容貌と長い四肢のスケールの大きな踊り、急速な回転などの極めて高い技術で世界を魅了したニーナ・アナニアシヴィリが、自国ジョージアの国立バレエ芸術監督に招かれて20年。就任当時は、ジョージアの国自体が経済的困難など、様々な問題を抱えていた時期でした。
今年12月に行われるジョージア国立バレエの来日公演に先駆けて、バレエ団と共に歩んできたアナニアシヴィリに、現在のバレエ団の様子と、日本で初披露となる『くるみ割り人形』について伺いました。
就任20周年を迎えたジョージア国立バレエ芸術監督
ニーナ・アナニアシヴィリに聞く
バレエ団の歩みと『くるみ割り人形』の特徴
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■芸術監督20周年を迎えて
―まず、現在のような、ダンサーやレパートリーともに充実したバレエ団に成長させるまでの、苦労や喜びについてお聞かせください。
ニーナ・アナニアシヴィリ:私の芸術監督就任20周年を記念して、今年、劇場でフェスティバルを開催しました。長年私と働いてくれたダンサーたち、マネージメントの方たちに謝意を表したかったからです。舞台上で彼らに、ジョージアの有名会社で特注したメダルを贈りました。20年前、私がこの劇場の芸術監督を任されたときは、全てが現在とは違う、大変な状況でした。ジョージアの国自体が困難な状況だったのです。
私たちの劇場は、19世紀初めに建てられたのですが、20年前は、劇場の設備も今のように整っていませんでした。そして、劇場で働く全員が無給で働いていたのです。その後、劇場の建物が全面的に改修され、ヨーロッパ・スタイルの内装が美しく蘇り、設備、舞台機構も新しいものになり、リハーサル・スタジオもダンサーたちにとって快適なものになりました。
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―現在は、国の助成がかなり大きいということでしょうか。
アナニアシヴィリ:はい。私たちの国にはスポンサー制度がありませんので、国がかなりの助成をしてくれています。これがなければ、私たちの活動は成り立ちません。もちろん、劇場の全員に給料が支払われ、現在、経済的に問題はありません。私が校長を務めるジョージア国立バレエ学校も、ジョージア人は無料です。
バレエ学校は、6歳から18歳までが学ぶプロを養成する学校で、ロシアの国立バレエ学校同様、クラシック、キャラクター・ダンス、歴史舞踊、演技、メイク等々の実技と、普通校と同じ数学等々の座学の科目を教えています。
この20年間で、私たちチーム、あえてチームと言いたいのですが、私と働いてくれた劇場のいろいろなスタッフやダンサーのチームの力で、大小90もの作品をレパートリーに取り入れました。全ての作品で、美術、衣裳を新調して。あらためて作品を数えて、とても感慨深いものがありました。
指導スタッフ、つまりコーチ陣にも恵まれていて、私がこの劇場に来たときには、ジョージアが誇る20世紀指折りのダンサー、チャブキアーニとこの劇場で働いていたコーチたちがおり、その後さらに、私が優秀なコーチ陣を集めました。ボリショイ・バレエで私のパートナーであったアレクセイ・ファジェーチェフの妻であり、共にボリショイで活躍していたタチヤナ・ラストルグーエワも、長年女性ダンサーの指導をしてくれています。こういったコーチ陣のおかげで、現在のバレエ団に高いレベルの指導体制が出来上がりました。
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■バレエ団の特徴
―現在のバレエ団の規模、ダンサーたち、レパートリーなどについておしえてください。
アナニアシヴィリ: 団員は70名で、男性は27名です。ジョージア人以外に、日本、英国、ドイツ、ブラジル、アメリカ、イタリア等々、世界各国からダンサーが集まっています。ジョージア国立バレエ団のダンサーは、基本的にジョージア国立バレエ学校の出身者で、外国人は、バレエ学校に留学してバレエ団に入団したか、研修生としてバレエ団で学んでから正式入団したダンサーたちです。
私が娘のように育ててきたジョージア出身のニノ・サマダシヴィリ、ウクライナとスペインの血をひくラウラ・フェルナンデス等々の、際立つバレリーナもいます。彼女たちは、12月の日本公演の中心メンバーになります。
バレエ学校もバレエ団も、ワガノワ・メソッドで、バレエ団は、古典から現代作品まで多様なレパートリーをもっていますが、基盤となっているのは古典作品です。古典は、『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』『ジゼル』『バヤデルカ(日本ではラ・バヤデール)』などが上演されています。古典を大切にしているために、全体としては女性ダンサーが強い観はあります。
古典作品のほかに、レオニード・ラヴロフスキー版の『ロミオとジュリエット』、ジョージア人で20世紀屈指の振付家であるジョージ・バランシンの作品集、イリ・キリアンの作品集、ボリショイ・バレエ出身で現在世界的に評価の高い、ユーリー・ポソホフの作品なども上演しています。バレエ団のレパートリーの充実は、様々な方からお褒めをいただいています。
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■舞台はジョージア!このバレエ団ならではの『くるみ割り人形』
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―12月に日本で上演する『くるみ割り人形』は、新制作とのことですが、この作品についてお話していただけますか。
アナニアシヴィリ:『くるみ割り人形』は、他の国同様、ジョージアでも人気演目です。私が芸術監督に就任したとき、まずはじめはボリショイ・バレエのグリゴローヴィチ版を上演し、その後、劇場が改修工事に入ったとき、より小規模劇場用にアレクセイ・ファジェーチェフが新演出をしてくれました。そして、改修後の劇場用に作ったのが、日本で12月に上演される、ファジェーチェフと私の合作の『くるみ割り人形』です。
このバージョンの特徴は、まず、舞台を20世紀初頭のジョージアにしたことです。20世紀初頭のジョージアは、国際交流が盛んに行われ、ヨーロッパの文化の影響を多大に受けていました。
物語は、ジョージアの医者の家庭で進んでいきます。ヒロインのクララと弟のフリッツは、ジョージア人のバーバラとレヴァンとなっています。ドロッセルマイヤーに当たる名付け親のおじさんは、ドイツのエンジニアという設定で、彼がくるみ割り人形を作ります。衣裳も、ジョージアのものとヨーロッパのものが混じり合っています。バーバラとレヴァンの両親がジョージア人なので、パーティでの両親の短い踊りは、ジョージアの民族舞踊、レヴァンの短いソロも同様です。物語の流れは、基本的に従来のものと大きな違いはありませんが、振付は、ファジェーチェフと私で、全く新しいものを作りました。
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美術についてもぜひお話したいのですが、担当したのは、ジョージアの有名な画家ダヴィド・ポピアシヴィリで、舞台美術の制作としては、この『くるみ割り人形』が第1作目となります。夢の世界のように美しい美術です。彼は、この美術の全てを、油絵の手描きで、一人で仕上げました。プリントや映像などは使っていません。全て合わせると6000平方メートルもの美術画を、一人で手描きで制作してくれたのです。
12月には、東京文化会館に、舞台美術の基になった彼の手描きの絵を展示する予定もあります。本当に素晴らしいので、機会がありましたら『くるみ割り人形』の舞台と共に、ぜひご覧ください。
―12月の来日が楽しみです。ありがとうございました。
インタビュー・文/ 村山久美子(舞踊評論家/舞踊史家)
Photo:Khatia Jijeishvili、Sesili Guguchiaほか
(ジョージア国立バレエ提供)
【公演情報】
2024年12月に、ジョージア国立バレエ「くるみ割り人形」の公演が開催されます。公演情報は、下記をご覧ください。
伝説のプリマ、ニーナ・アナニアシヴィリが
20年の時をかけ育んだバレエ団。
充実期を迎えた今、ついに12年ぶりの再来日!
■ ジョージア国立バレエ 「くるみ割り人形」
【公演期間】2024年12月5日~12月27日
【開催地】東京、千葉、埼玉、神奈川、群馬、栃木、静岡、長野、宮城、山形、秋田、福島、新潟
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▼その他の公演情報▼
■ ウクライナ国立バレエ「ジゼル」ほか
25年1月開催予定
公演情報を公開中!
https://www.koransha.com/ballet/ukraine_ballet/