日本とウクライナの絆。ファンの支援で生まれた新作「ジゼル」ラストシーンの演出が話題!観客に希望を与え、挑戦し続けるウクライナ国立バレエの力強く優雅な舞台を新年に観よう。


150余年の歴史と伝統に育まれた名門劇場で初の日本人芸術監督となった寺田宜弘が率いるウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)が、2025年1月に再び来日!ウクライナ国立バレエは、約半世紀前の1972年に初来日。2007年からほぼ毎年日本公演を開催して、数多くの日本の観客に感動を届け続けています。今回の公演では、全国で「ジゼル」を上演。さらに東京公演では、新年に相応しい「初夢バレエまつり」と、ウクライナ国立バレエの最新の姿を披露する「プレミアム・ガラ」を上演します。
ロシアによるウクライナ侵攻以来、戦争の中にありながら進化を遂げているウクライナ国立バレエの軌跡と、今回の公演の見どころを、バレエ史研究家の川島京子さんに紹介していただきます。

■今回上演の『ジゼル』は、日本とウクライナの友情のシンボル

2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、120名を超えるバレエ団のメンバーも国外に避難するなど散り散りとなった。もはや来日公演はもちろん、バレエ団の活動自体も継続は絶望的とみられていた中、寺田氏のもとに届いたのはヨーロッパ各地に避難していたダンサーたちからの「日本公演をやりたい」「それが希望になる」との声だった。寺田氏はそんな彼らを集結させ、2022年7月に「奇跡の日本公演」を実現させた。世界にウクライナの芸術は生きていることを発信したこの公演は、まさしくウクライナ国立バレエのダンサーたちの希望となった。以来、「自分たち芸術家にとっての最前線は舞台である」という使命をもって、今も闘い続けている。

そんな彼らが今回届ける演目は、日本からの義援金によって新たに制作した『ジゼル』。寺田氏は、この作品を「日本とウクライナの友情のシンボル」という。2024年1月の東京公演で世界初演され、6月には本国ウクライナでも上演。今回の来日公演では、東京を皮切りに全国12都市、14公演で披露される。

2022年7月日本公演のプログラム
現地ジゼルのポスター

■芸術監督・寺田宜弘氏が『ジゼル』に込めた思い

来日公演に先立ち、芸術監督・寺田宜弘氏の記念講演会が7月25日から27日の三日間、大阪、京都、金沢の各都市で行われた。「芸術は戦争に負けない」と題したこの講演会で、寺田氏は戦時下でのバレエ団の状況と『ジゼル』上演への思いを語った。

7月の講演会の様子
金沢で講演会、筆者と

寺田氏が歴史あるウクライナ国立バレエの芸術監督に指名されたのは、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった直後の2022年12月のこと。本来ならば、150余年の伝統を誇る国立劇場の芸術監督を務めることはこれ以上ない名誉であるが、戦争下においてはすべての団員の人生、命を預かることでもあった。
ウクライナでは今も、停電、断水のみならずミサイル攻撃が続き、防空サイレンが鳴るたびに地下に避難するのが日常となっている。加えて、舞台活動にも大きな制約があった。それはチャイコフスキーなどこれまで踊り親しんできたロシア人作曲家による作品の上演ができないことであった。

キーウの独立広場
劇場の地下避難所

しかし、たとえ戦時下でも芸術に対する姿勢は変わらない。決して妥協を許さず、これをポジティブに受け止め今こそ大きな変革の時、今だからこそできることを模索し始めた。世界中の素晴らしい文化とウクライナの芸術を融合させ、ウクライナの新たな時代の新たなスタイルを創り上げること。そして、戦時下で苦しむ人々に寄り添い、励まし、希望を与え続けること。こうした寺田氏の挑戦にヨーロッパ各地の劇場、振付家たちからも惜しみない協力の申し出があった。
提供された新しいレパートリーは、団員たちにとって大きな刺激となり、バレエ団の新たな魅力を開花させるきっかけとなった。今回のガラ公演でも、それらの作品が披露される。

スプリング・アンド・フォール

そして、そんな中で実現したのが、日本から劇場に送られた義援金で新制作した『ジゼル』である。彼らはこの『ジゼル』を、今のウクライナを象徴する歴史に残る『ジゼル』とすべく、ラストシーンに特別な思いを込めた。3年もの間続く戦争で毎日多くの人が亡くなってゆく。その中には、最後、愛する家族とお別れをすることさえできずにこの世を去っていった人もいる。しかし、愛は生死を超え、来世ではその魂は必ず一つとなって新しい未来を歩んでゆく…。寺田氏は、「人間にとって愛の尊さを問い直す『ジゼル』。これは、私たちから日本の皆さんへの感謝であり恩返しです。」と語った。

 

■新制作された『ジゼル』の特徴

ウクライナ国立バレエの『ジゼル』を最も特徴づけるのが、ラストシーンの演出である。原作は、ジゼルの深い愛によって命を救われたアルブレヒトと、再び墓の中へ戻ってゆくジゼルとの、永遠の別れのシーンで幕を閉じる。
しかし、ウクライナ国立バレエ『ジゼル』では、アルブレヒトはジゼルの墓の前で力尽きて息絶える。そして、再び幕が開くとそこには、ジゼルとアルブレヒトが手を握り合い、静かにたたずむ姿。二人は抱き合い舞台後方へ背を向けて消えてゆく。いや、新たな世界へと歩き出すのだ。二人がともに昇天し結ばれるというこのドラマティックな演出によって、この物語は悲劇で終わることなく、救いの光が照らされる。

「ジゼル」ラストシーン

さらに、65年ぶりに一新された舞台美術や衣装も大きな見どころだ。特に第一幕で、貴族が狩の途中村を訪れる場面では、秋色に染まる美しい背景幕に煌びやかな貴族の衣裳、そしてウクライナのひまわりを思わせる村娘たちの黄色の衣裳が混じり合い、目を見張るほどに鮮やかな舞台面を創り出している。

第一幕 貴族が狩りで村に訪れる

■舞台を彩るウクライナ国立バレエのダンサーたち

2024年1月に東京で行われた世界初演では、舞台を彩るダンサーたちにも注目が集まった。主役を演じたのは、このバレエ団のベテラン・プリマであり、舞台上を支配する圧倒的な存在感を放つオリガ・ゴリッツァバレエ団の誇るノーブル・ダンサー、ニキータ・スハルコフ
そして、第一幕のチャーミングなジゼルが印象的なイローナ・クラフチェンコ美しい肢体を生かしたしなやかな踊りで観客を魅了したオレクサンドル・オメリチェンコのペアだ。
今回、オメリチェンコと組むのは、『くるみ割り人形』日本公演の主役などで日本でも人気のカテリーナ・ミクルーハ。彼女は2021年にキエフ国立バレエ学校を卒業したばかりの若手であり、ジゼル役は今回が初披露となる

ゴリッツァ&スハルコフ
クラフチェンコ&オメリチェンコ
ミクルーハ&オメリチェンコ

こうした主役はもちろん、完成度の高いコール・ド・バレエにも注目だ。コール・ド・バレエは、そのバレエ団の質を如実に表す。第二幕のバレエ・ブランでみせる、悪霊ウィリたちの一糸乱れぬ統一性、この世のものとは思えぬ不気味さ、無重力性。戦禍の中で彼らは一体どれだけ厳しい稽古を積んだのだろうか、この作品に挑む団員たちの絆を感じずにはいられない。


『ジゼル』日本公演に込められた思い。それは、私たちへの「愛」と「希望」、そして「感謝」のメッセージでもある。彼らはこの思いを届けるために、過酷な状況の中で日々研鑽を積み、遠い道のりをやって来る。『ジゼル』の舞台を介して、そのメッセージをしっかりと受け取り、ジゼルとアルブレヒトの未来、そしてウクライナの未来を祈りつつ、我々もまた、新たな一年を歩み出すことができるだろう。                                                                                                              

川島京子(バレエ史研究)


【公演情報】


「ジゼル」
「プレミアム・ガラ」
「初夢バレエまつり」

▼詳細情報はこちら
https://www.koransha.com/ballet/ukraine_ballet/

<「ウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)」全日程>
1月 3 日(金) LINE CUBE SHIBUYA「初夢バレエまつり」
1月 4 日(土) 東京文化会館 大ホール「プレミアム・ガラ」
1月 5 日(日) 東京文化会館 大ホール「ジゼル」
1月 6 日(月) 東京文化会館 大ホール「ジゼル」
1月 8 日(水) オーバード・ホール 大ホール(富山)「ジゼル」
1月 9 日(木) 本多の森 北電ホール(金沢)「ジゼル」
1月11日(土) ロームシアター京都 メインホール「ジゼル」
1月12日(日) フェスティバルホール(大阪)「ジゼル」
1月13日(月·祝) 愛知県芸術劇場 大ホール「ジゼル」
1月14日(火) 和歌山県民文化会館 大ホール「ジゼル」
1月15日(水) レクザムホール(香川県県民ホール) 大ホール「ジゼル」
1月16日(木) 岡山芸術創造劇場ハレノワ 大劇場「ジゼル」
1月17日(金) JMSアステールプラザ 大ホール(広島)「ジゼル」
1月18日(土) 北九州ソレイユホール 大ホール「ジゼル」
1月19日(日) 久留米シティプラザ ザ・グランドホール「ジゼル」


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