世界の有名バレエ団 ~アメリカ5大バレエ~
バレエは世界で上演され、各国に数多くのバレエ団があります。その中でもアメリカのバレエは、多様性を重視した表現やダイナミックな踊りなど、歴史を積み重ねたフランスやロシアのバレエとは異なる、新たな一面を持っています。今年の秋に、これまで注目されながらも日本に訪れたことのないヒューストン・バレエが初来日を果たします。この機会に、アメリカのバレエに焦点を当てて、アメリカのバレエの特徴と特に有名なアメリカの5つのバレエ団をご紹介します。
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バレエ芸術の新たな潮流を作った
アメリカのバレエ
1.アメリカのバレエの特徴と傾向
キビキビとしたステップから生まれる躍動感あふれる踊り、開放的で親しみやすいステージ。”アメリカのバレエ”を一口に括るのは難しいけれど、ダイナミックかつ洗練された踊りが大きな特徴として思い浮かぶのではないだろうか。
アメリカにおいて本格的にバレエが広まったのは1930年代のこと。アメリカ・バレエの父ともいえるジョージ・バランシンを始まりとする20世紀バレエのモダンな息吹をまとい躍進してきた。21世紀の現在、大都市はもとより各地にバレエ団が点在している。オペラハウスの文化が根付くヨーロッパやロシアと違うのは、大小を問わず主に民間の支援によって支えられていること。地域のコミュニティに愛されることで成り立っている。
アメリカは”人種のサラダボウル”と呼ばれて久しい多民族国家である。世界中から多様な才能が流入することによって、バレエも発展を遂げてきた。先端を歩みつつ、幅広い観客の目に触れ、バレエの可能性を豊かに育んでいる。
2.アメリカのバレエ団
以下、アメリカを代表するバレエ団5つを紹介する。
2-1.アメリカン・バレエ・シアター(ABT)
古典全幕から現代作品まで多彩な演目を上演する。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場での春のシーズン、リンカーン・センター内のデイヴィッド・H・コーク劇場における秋のシーズンが定例で、それ以外は国内外をツアーで回る。
1939年の設立時の名称はバレエ・シアター。設立10年余りでアントン・ドーリンの『パ・ド・カトル』、アントニー・チューダーの『火の柱』、ジョージ・バランシンの『テーマとヴァリエーション』といった名作を初演している。1970年代初頭にソ連から西側に亡命したナタリア・マカロワ、ミハイル・バリシニコフが入団し活躍。1980年にバリシニコフが芸術監督となり、のちに英国からケネス・マクミランを招いて協同で任務にあたった。1990年代から2000年代にかけては、ケヴィン・マッケンジー芸術監督の下、アレッサンドラ・フェリ、ニーナ・アナニアシヴィリ、フリオ・ボッカ、ウラジーミル・マラーホフら大スターが華を競った。
2009年にアレクセイ・ラトマンスキーが常任振付家に就任し、『眠れる森の美女』『金鶏』といった話題作を上演。2015年、ミスティ・コープランドがアフリカ系の黒人女性として初めてプリンシパルに昇格した。現在、ジリアン・マーフィー、イザベラ・ボイルストン、ヘルマン・コルネホ、コリー・スターンズらが活躍中で、日本人の木村楓音、隅谷健人、山田ことみ(研修生)も在籍している。
<バレエ団データ>
American Ballet Theatre
拠点:ニューヨーク州ニューヨーク市
創立:1939年
芸術監督:ケヴィン・マッケンジー
劇場:リンカーン・センター内メトロポリタン歌劇場、デイヴィッド・H・コーク劇場
規模:全ダンサー約84名(ゲスト除く) プリンシパル約15名、ソリスト約8名ほか
(2022年劇場HPより)
2-2.ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)
その名の通りニューヨークを本拠地として1948年に設立。創立者はジョージア系のロシア人振付家ジョージ・バランシンとアメリカの実業家リンカーン・カースティンで、彼らが1934年に開校したスクール・オブ・アメリカン・バレエを傘下に収めている。現在に至るまでバランシンと彼を支えたジェローム・ロビンズの作品を中心に上演している。劇場はリンカーン・センター内のデイヴィッド・H・コーク劇場。
バランシンは渡米第一作の『セレナーデ』以降主に筋書きの無いバレエを振付した。それらは”音楽の視覚化”と称され、NYCBでは『アゴン』『アレグロ・ブリランテ』『ジュエルズ』などを振付した。ロビンズも『コンサート』『イン・ザ・ナイト』などをNYCBで創作した。
NYCB時代のバランシンの創造欲を刺激したのがマリア・トールチーフ、タナキル・ルクレア、ヴィオレット・ヴェルディ、スザンヌ・ファレルといった名花たち。1983年から2017年まで芸術監督を務めたピーター・マーティンスもバランシンの愛弟子だ。堀内元は最晩年の巨匠に認められ、のちに東洋人初のプリンシパルになった。
新たな振付家の作品にも取り組む。現在の常任振付家ジャスティン・ペックはスティーヴン・スピルバーグ監督がリメイクした映画「ウエスト・サイド・ストーリー」(2021年)の振付も担当する気鋭。ダンサーでは、アシュレイ・ボーダーやタイラー・ペックが活躍している。
<バレエ団データ>
New York City Ballet
拠点:ニューヨーク州ニューヨーク市
創立:1948年
芸術監督:ジョナサン・スタッフォード
劇場:リンカーン・センター内デイヴィッド・H・コーク劇場
規模:全ダンサー約94名(ゲスト除く) プリンシパル約20名、ソリスト約23名ほか
(2022年劇場HPより)
2-3.サンフランシスコ・バレエ
サンフランシスコに拠点を置く、西海岸最大のバレエ団。1933年にサンフランシスコ・オペラ・バレエの名称で立ち上がり、アドルフ・ボルムがバレエマスターを務めた名門で、アメリカ屈指の人員・予算規模を誇る。劇場はウォー・メモリアル・オペラハウス。
1942年にオペラから独立しサンフランシスコ・バレエに改称した前後からウィリアム・クリステンセン主導の下、『コッペリア』『白鳥の湖』『くるみ割り人形』といった古典全幕バレエをいち早く上演した。1957年には初の海外公演としてアジア、中東11か国を回った。今日の隆盛を築き上げたのが1985年から芸術監督を務めるヘルギ・トマソンで、自作のほかマーク・モリスやウィリアム・フォーサイス、ジョン・ノイマイヤーの作品を導入した。
中国の至宝ヤンヤン・タンほかアジア出身者も多く国際色豊か。日本人では倉永美沙がプリンシパル、松山のりか、山本帆介がソリストを務めている。
なお、まもなくトマソンに代わりタマラ・ロホが次期芸術監督に就く。2012年から10年にわたってイングリッシュ・ナショナル・バレエを率い大躍進させたロホの手腕に注目が集まる。
<バレエ団データ>
San Francisco Ballet
拠点:カリフォルニア州サンフランシスコ
創立:1933年
芸術監督:ヘルギ・トマソン(2022年末退任、後任はタマラ・ロホ)
劇場:ウォー・メモリアル・オペラハウス
規模:全ダンサー約81名(ゲスト除く) プリンシパル約22名、ソリスト約17名ほか
(2022年劇場HPより)
2-4.ヒューストン・バレエ
南部のテキサス州ヒューストンにあるアメリカ有数のバレエ団。ルーツは1955年設立のバレエ学校で、1968年に大々的なオーディションを行いプロのカンパニーとして活動を始めた。劇場は1987年に開場したウォーサム・シアター・センター。
中興の祖は1976年から2003年まで芸術監督を務めたベン・スティーヴンソン。イギリス、アメリカで踊ったスティーヴンソンは、『シンデレラ』『白鳥の湖』『眠れる森の美女』といった全幕バレエを自ら手がけたほか、ジョン・クランコの『淑女と道化』、フレデリック・アシュトンの『二羽の鳩』などをレパートリーに入れた。
2003年以降芸術監督を務めるスタントン・ウェルチはオーストラリア出身。『マダム・バタフライ』などで早くから高評を得た気鋭振付家で、ヒューストン・バレエでも『白鳥の湖』『ロミオとジュリエット』『シルヴィア』などを手がけ不動の地位を築いている。
日本人では加治屋百合子、吉山 シャール ルイ・アンドレがプリンシパルを務めるほか、加藤凌、藤原青依、福田有美子、アクリ士門、脇塚優などが活躍中。また飯島望未(Kバレエカンパニー プリンシパル)が先年までプリンシパルとして踊っていた。
<バレエ団データ>
Houston Ballet
拠点:テキサス州ヒューストン
創立:1969年
芸術監督:スタントン・ウェルチ
劇場:ウォーサム・シアター・センター
規模:全ダンサー約60名(ゲスト除く) プリンシパル約8名、ソリスト約13名ほか
2-5.ボストン・バレエ
北東部のマサチューセッツ州ボストンのバレエ団。1963年、E・ヴァージニア・ウィリアムズとシドニー・レナードにより設立され、年を追うごとに国際的に注目されるカンパニーへと飛躍する。2009年よりボストン・オペラ・ハウスが本拠地となった。
1980年以降、ヴィオレット・ヴェルディ、ブルース・マークス、アンナ=マリー・ホームズという重鎮が芸術監督を務め、海外公演も積極的に行った。2001年からバレエ団を率いるミッコ・ニッシネンは現代作品の充実を図り、ウィリアム・フォーサイスらの新作を取り入れ、奇才ヨルマ・エロを常任振付家に迎えた。いっぽうで、クランコの『オネーギン』『ロミオとジュリエット』などドラマティック・バレエの名作を上演。また熊の着ぐるみ姿のダンサーも登場することで知られるニッシネン版『くるみ割り人形』も人気だ。
2003年から2019年まで倉永美沙が所属し、2009年、東洋人として初めてプリンシパルに昇格した。現在は大賀千沙子が在籍しソリストを務めている。
<バレエ団データ>
Boston Ballet
拠点:マサチューセッツ州ボストン
創立:1963年
芸術監督:ミッコ・ニッシネン
劇場:ボストン・オペラ・ハウス
規模:全ダンサー約54名(ゲスト除く) プリンシパル約12名、ソリスト約15名ほか
(2022年劇場HPより)
3.アメリカのバレエの歴史と発展
アメリカでクラシック・バレエが本格的に上演されるようになったのは20世紀に入ってから。『瀕死の白鳥』で知られるアンナ・パブロワの一行や、セルゲイ・ディアギレフのバレエ・リュスが来演した。そうした気運の中、実業家のリンカーン・カースティンが、サンクトペテルブルクの帝室劇場で踊りバレエ・リュスで活躍した振付家ジョージ・バランシンを招き、両者はバレエ団を創ろうとする。しかし、まずは1934年にバレエ学校(スクール・オブ・アメリカン・バレエ)を開いてダンサー養成に勤しんだ。
アメリカ・バレエの発展に貢献したのが、バランシンを始めとするバレエ・リュス出身者である。バレエ・リュス最初期に『レ・シルフィード』などを振付したミハイル・フォーキン、天才舞踊手ヴァーツラフ・ニジンスキー の妹で『青列車』などを創ったブロニスラヴァ・ニジンスカはアメリカに移住し、『パラード』などを遺したレオニード・マシーンも一時期アメリカを拠点にしていた。1909年に設立されたディアギレフのバレエ・リュスは20年で幕を閉じたが、その財産は世界各地で受け継がれ、アメリカでも花開く。
ポップカルチャーとの混交も発展に寄与した。最も成功を収めた人物は、旧ソ連から亡命したミハイル・バリシニコフだろう。ポストモダンダンスを経て娯楽色の強い創作も手がけるようになった鬼才トワイラ・サープの『プッシュ・カムズ・トゥ・ショヴ』などを踊り、アカデミー賞助演男優賞候補となった映画「愛と喝采の日々」を始めとする映画やテレビドラマに出演。なおバリシニコフは1980年から10年間ABTの芸術監督を務めた。
アメリカの振付家でバレエと親和性の強い人といえば、古くは『ロデオ』で知られるアグネス・デミル、それにジェローム・ロビンズらが挙げられる。モダンダンスとバレエの融合に積極的でドイツのシュツットガルト・バレエ団の芸術監督も務めたグレン・テトリー、パリ・オペラ座バレエ団の現代舞踊研究グループ(GRTOP)を任されたカロリン・カールソンらも歴史に残る。現在も第一線で活躍するジョン・ノイマイヤー(ハンブルク・バレエ団芸術監督)、ウィリアム・フォーサイスもアメリカ出身だ。
アメリカのバレエ界で長年活躍する日本人の代表格は、NYCB初の東洋人プリンシパルとして活躍し、その後ミズーリ州のセントルイス・バレエの芸術監督を務める堀内元。ワシントン州シアトルのパシフィック・ノースウェスト・バレエで長年プリマバレリーナとして踊った中村かおりもパイオニアである。現在、全米各地のバレエ団に日本人が在籍し、プリンシパルやソリストを任されているケースも珍しくない。
【関連記事】
『クラシック・バレエとモダン・バレエ ~それぞれの特徴と違い~<前編>』はコチラ
https://www.koransha.com/contents/315/
→2.モダン・バレエの特徴
『映画で楽しむバレエとダンス<前編>』はコチラ
https://www.koransha.com/contents/926/
→バリシニコフの映画「愛と喝采の日々」「ホワイト・ナイツ(白夜)」
アメリカのバレエ団来日情報
2022年10月、ヒューストン・バレエが初の来日公演を行い『白鳥の湖』を上演する。芸術監督スタントン・ウェルチによる振付で、バレエ団の定番レパートリーとして上演を重ねている。今回は、なんと8年ぶりにアメリカのバレエ団が来日するという。ロシアやヨーロッパのバレエ団とは趣の異なる美と興奮を味わえる絶好の機会を楽しみにしたい。
文・高橋森彦(バレエ評論家)
構成:光藍社編集部(バレエ団データ、写真他)
写真
2-1.Professorcornbread
2-2.Ajay Suresh from New York, NY, USA,
2-3.Sanfranman59
2-4.Houston Ballet Center for Dance Photo Courtesy of Gensler (2009) Courtesy of Houston Ballet.
2-5.Sdkb
3.バリシニコフ写真:Saeima-27.aprīļa Saeimas sēde(CC BY-SA 2.0)
ヒューストン・バレエ写真:Artists of Houston Ballet in Stanton Welch’s In Good Company. Photo by Lawrence Elizabeth Knox (2021). Courtesy of Houston Ballet.
ヨーロッパの名門バレエ団で活躍中のダンサーが出演し、夢の競演を果たします!
▼その他の公演情報▼
■ ウクライナ国立バレエ「ジゼル」ほか
25年1月開催予定 ※詳細は24年8月発表予定
■ ジョージア国立バレエ「くるみ割り人形」
【公演期間】2024年12月開催予定
※詳細は2024年7月発表予定