～上演演目の内容と経緯～


《展覧会の絵》
　昨年(2017年)５月に、ウクライナ・キエフの史跡「黄金の門」で、藤間蘭黄は、その門をモチーフにした名曲『展覧会の絵』をピアノ生演奏で踊った。
　蘭黄が子供の頃から親しんでいた管弦楽『展覧会の絵』の日本舞踊化は、じつは2008年の「蘭黄の会」ですでに試みていた。ムソルグスキーの同名原曲を長唄に編曲してもらい、蘭黄自身で作詞。日本の四季の移ろいのなかで男女が出会い、別れ、それを懐かしむ・・という内容だった。
　2012年に、日本舞踊振興財団のウクライナ公演に参加した蘭黄は、キエフ在住の、ある日本人のマンションに招かれた。マンションの窓から下を見ると、そこはなんと『展覧会の絵』のモチーフでもある「キエフの大門＝黄金の門」。「あそこで『展覧会の絵』を踊ってみたい」という蘭黄の言葉に、「是非、踊ってください」と即答したマンションの住人は、11歳から国立キエフ・バレエ学校に国費留学して８年後に卒業後、キエフ・バレエ団で活躍、現在は母校の芸術監督でもある寺田宜弘。
　数年後、文化庁から文化交流使に指名された蘭黄が真っ先に決めた行き先はキエフだった。もちろん、「黄金の門」での『展覧会の絵』の上演が目的だ。ピアニスト木曽真奈美にその話をしたところ、彼女は、「『展覧会の絵』は私のライフワーク。ついて行きたい」と真剣な表情で言った。
　さっそく彼女のCDを購入して『展覧会の絵』を聴いた蘭黄は、驚いた。あまりにも、いままで聞いていた曲の雰囲気とは違っていたからだ。暗く、重い、そして美しい。ライナーノーツを読み、書籍を取り寄せ、「この曲は、ムソルグスキーが親友の画家ガルトマンに捧げたレクイエム」という解釈に共感。
「孤独なムソルグスキーにとって画家ガルトマンはかけがいのない友人だった。ガルトマンの突然の死に際して、友人の病に気づかなかった己を責め、ムソルグスキーは悲嘆にくれる。そこにガルトマンの幻が現れ、ムソルグスキーを元気づけようとする。ヒヨコのように可愛らしい子どもたちも彼に生の喜びを感じさせる。ムソルグスキーは、まるで魔物のような悲しみを振り払う。やがてガルトマンは昇天する」というストーリーは、曲を聴くと同時に生まれた。　
日本舞踊は一人二役も三役も可能。当初蘭黄もムソルグスキーとガルトマンの一人二役を考えたが、ガルトマン役は寺田宜弘に依頼。芸術監督の任につきダンサーとして一線から退いているが、毎日のレッスンは欠かしていない。「僕でよければ」と、彼は快諾してくれた。
　2017年５月27日、国立キエフ・バレエ学校で10日間のリハーサルを経て、「黄金の門」で『展覧会の絵』は世界初演された。終演後はスタンディングと大きな拍手。「亡くなった大切な人を思いながら見ていました」と涙を流されている方、「日本舞踊の表現の繊細さとダイナミックさに驚いた」というキエフ・バレエ団のプリマ、フィリピエワ。大勢の方から声をかけていただいた。共演の寺田は、「芸術監督としての仕事に忙殺され、いつの間にか失っていた『芸術家の心』をリハーサルや本番を通じて取り戻すことができた」と感きわまる面持ち。その翌日は、ソフィア広場の野外大舞台でも抜粋版を上演した。
　2018年１月には、キエフ一のオペラハウス、ウクライナ国立歌劇場でも抜粋版を披露した。出演者である蘭黄・寺田・木曽は、これを日本で公演したいと熱望、今回の８月浅草公会堂公演が実現した。

《鷺娘》
　2017年のインド・オデッシャのビエンナーレへの誘いを蘭黄が受けたのは、その前年の秋ごろ。「身体と衣裳」をテーマにしているので、歌舞伎舞踊の衣裳の早替り＝「引き抜き」や「ぶっかえり」を映像でできないか、という提案だった。
　「プロジェクション・マッピング」は、舞踊の舞台でも珍しくはないが、個人的に蘭黄は懐疑的だった。それを率直に伝え、蘭黄は、映像作家、ディレクターたちと意見を出し合った。その結果、着物と袴という「素踊り」で蘭黄が『鷺娘』を踊り、衣裳を変えるところを映像で流す−オーソドックスな手法に落ち着いた、と思いきや、結果はそうではなかった。冒頭からのイメージ映像も場面ごとの背景も洗練されていった。
　「衣裳付け」の映像素材としては、蘭黄自身がかつて舞台で踊ったときのものと、蘭黄の母親である藤間蘭景の、在りし日の舞台姿を提供した。そんなやりとりの中で、蘭黄が見つけたのは、祖母、藤間藤子の写真。『鷺娘』の白無垢姿−20代の白黒写真だった。もちろん、その写真も映像作家に送り、インドでの上演のため、『鷺娘』のあらすじも、映像中に流すことにした。
　2017年10月30日、オデッシャ・ブバネーシュワルでの本番は、想像を遥かに超えた舞台となった。「江戸時代の人が映像技術を持っていたらどうするか？」という発想での演出は、美しく、文学的。インドの方も大喜び、そして現地の日本の方にも喜んでいただけた。「大道具や衣裳・かつらなどを運び込めない地での日本舞踊公演」の一つのモデルケースにもなった。
同時に、蘭黄としては、祖母・母との三代共演に意義も感じた。「いつか日本でも上演したい」という想いは「浅草公会堂で同時上演」に直結した。

《「日本舞踊の可能性」公演》
　「浅草公会堂での８月１０日公演」を具体的に進めていたのは、７０回記念の紫紅会（５月末、歌舞伎座）での準備中。古典作品を、衣裳・かつら、大道具、地方（演奏）とも、曽祖母から伝わる様式に則り、しかも現代の観客の鑑賞眼にも耐えうるように、ということを考えながら指導をしていたときだった。
　同じ頃、2019年の海外での活動について現地とのやりとりも始まった。そのなかで、「日本舞踊」を、海外でも「NIHONBUYO」として紹介しようと決めた。つまり“Japanese　traditional　dance”や、“Japanese　classic　dance”などと訳すと、なかなか「NIHONBUYO」が浸透しない。「KABUKI(歌舞伎)」や「NOH（能）」のように、「日本舞踊」を固有名詞にしよう、という話だ。これは文化交流使の報告会の場で文化長官の同意も得ていた。
　そのような話の中から『展覧会の絵』も『鷺娘』も他ジャンルとのコラボレーションであり、それは、日本舞踊の可能性を探ることではないか？という考えに至った。やみくもに、話題性を求めて他ジャンルとコラボするのではなく、他ジャンルとのコラボを通じて、日本舞踊の可能性は、もっともっと広がるのではないか。公演タイトルは、「日本舞踊の可能性」に決まった。フライヤーには各国語でタイトルを入れたが、「NIHONBUYO」は発音のままの表記にしている。

桜井多佳子(舞踊評論家)